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支持線 (しじせん) の意味

支持線 (しじせん) の意味
ただ声に出して南無阿弥陀仏とばかり 称 ( とな ) うれば、
極楽に往生すべきように思いはんべり。
それは大きに覚束なきことなり (引用:蓮如上人『御文章』)

南無阿弥陀仏とは・念仏の意味

南無阿弥陀仏
なむあみだぶつ
<南無>はサンスクリット語のnamas(帰依する)の音写語であるから、語義的には「わたくしは阿弥陀仏に帰依いたします」という意味である。
<六字の名号(みょうごう)>とも言い、衆生が浄土に往生する因とする。
これを口で称えるのを<口称(くしょう)念仏>、あるいは単に<念仏>とも言い、また、これを書写して本尊を表示する。
浄土三部経の中では、観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)の「智者復た教へて合掌叉手(しゃしゅ)し南無阿弥陀仏と称(とな)へしむ」〔下品上生段〕、「声をして絶へざらしめ十念を具足して南無阿弥陀仏と称へん」〔下品下生段〕の2カ所に用例がある。

(出典:『岩波仏教辞典』第二版)

阿弥陀仏の意味

阿弥陀仏は、阿弥陀如来とも言われ、阿弥陀というお名前の仏さまのことです。
大宇宙の全ての仏方の師匠にあたる仏が、阿弥陀仏です。
南無阿弥陀仏を作られたのは阿弥陀仏なので、南無阿弥陀仏には、阿弥陀仏のお名前がおりこまれています。

南無の意味

「南無」はインドの昔の言葉、「帰命」は、中国の昔の言葉です。
周知のとおり、仏教はお釈迦様がインドで説かれ、中国に伝わり、韓半島を経て日本に伝来しました。
ですから、仏教ではインドの言葉、中国の言葉がよく使われています。
「南無」はインドの発音に漢字を当てた音標文字で、字そのものに意味はありません。
それが中国に伝わり「帰命」という言葉に翻訳されたので、「南無」と「帰命」は同じ意味です。

(引用:正信偈.com)

このように、南無は帰命ということですが、これは信ずる心です。
私たちには、阿弥陀仏というまことの仏さまを信ずる心も念ずる心もありません。
そんな者に、信じてこいといっても無理ですので、
阿弥陀仏は、信ずる心も作って与えてくださるということです。
ですから、南無阿弥陀仏の南無は、阿弥陀仏が与えてくだされる信じる心です。

「 南無阿弥陀仏 」のことを「 名号 ( みょうごう ) 」ともいいます。
名号とはどんなものなのでしょうか。

私たちは、どんなにお金があっても、
どれだけ科学が進歩しても便利な生活をしても、
心からの安心も満足もなく、
いつも不安や不満を抱えて苦しんでいます。

そんな私たちの 苦しみ迷いを根本から治療する特効薬 が
南無阿弥陀仏の名号です。

南無阿弥陀仏が完成するまで

南無阿弥陀仏を作られたのは、阿弥陀如来という仏さまです。
大宇宙の諸仏の王であり先生である阿弥陀如来が、
すべての人を何とか本当の幸せに救ってやりたいという願いをおこされたのです。

たとえるなら、熱にはものすごいエネルギーがあることが昔から分かっていましたが、
どうすればそれを私たちが仕事に使えるのか、長い間分かりませんでした。
18世紀にようやく蒸気機関ができてはじめて、
私たちが仕事に使えるようになったのです。
このように、大きな力があっても、
それがそのまま私たちを幸せにできるわけではありません。

阿弥陀如来は、すべての人を本当の幸せにするにはどうすればいいのか、
五劫という長い間考え抜かれ、
すべての人の苦しみの元を断ち切る働きのある
名号をつくるしかないという結論に達せられました。
名号とは、南無阿弥陀仏のことです。

それは、兆載永劫という長い間、阿弥陀如来が一瞬たりとも雑念を交えず、 支持線 (しじせん) の意味
純粋に、すべての人を何とか救ってやりたいという心でご修行なされて、
その功徳を全部封じ込めた名号を作り、
それを私たちに与えて救うということです。

ところが、限りないお力を持たれた阿弥陀如来が
兆載永劫という長い間、純粋な心でなされたご修行は、大変なカサになります。
私たちがそう簡単に受け取ることはできません。

肉体の病を治す薬を飲むときでも、
部屋一杯の薬を飲めといわれても、到底飲めないのと同じです。
私たちが飲むには小さい錠剤にしてもらわなければなりません。
そこで阿弥陀如来は、兆載永劫の間の全身全霊、ご修行なされた功徳を全部封じ込めて、 支持線 (しじせん) の意味
南無阿弥陀仏の六字の名号を作られたのです。
(参考:大無量寿経「於不可思議兆載永劫積殖菩薩無量徳」)

南無阿弥陀仏は仏心の表れ

このように完成した南無阿弥陀仏は、仏心の表れです。
阿弥陀如来の、すべての人を何とか救ってやりたいという大慈悲心が、
形となってあらわれたものです。

ちょうど、恋心というのは目に見えません。
ところが「 あなたが好き 」というラブレターをもらうと分かります。
たったの六字ですが、恋人の心がわかるので、 支持線 (しじせん) の意味
その人にとっては大変な価値があり、大切にします。

それと同じように仏様が、私たちを絶対変わらない幸せにしてやりたいという仏心は、
心ですから目にも見えず、私たちには分かりませんので、
私たちに分かるように、南無阿弥陀仏という六字に表されたのです。
これを「 垂名示形 ( すいみょうじぎょう ) 」の南無阿弥陀仏といわれます。
名を垂れて形を示された、ということです。
「 六字の名号 」は、弥陀の大慈悲心の顕現なのです。

恋愛の喜びは、続かない無常の幸せですが、
それでもラブレターを大切にします。 支持線 (しじせん) の意味
ところが名号は、私たちを絶対の幸福にする働きのある仏心です。
それで非常に大切にされるのです。

あらゆる仏がほめたたえる南無阿弥陀仏

すべての人を本当の幸せにする働きがある南無阿弥陀仏を作ることができたのは、
阿弥陀如来だけですので、大宇宙の仏がたは、
「 阿弥陀如来はすばらしい名号を作られた 」
と口々にほめたたえておられます。

十方恒沙 支持線 (しじせん) の意味 ( じっぽうごうじゃ ) の諸仏如来、皆共に 無量寿仏 ( むりょうじゅぶつ ) の 威神功徳 ( いじんくどく ) の不可思議なるを 讃嘆 ( さんだん ) したまう。
(漢文:十方恒沙 諸佛如來 皆共讃歎 無量壽佛 威神功徳不可思議)

支持線 (しじせん) の意味

(引用:『 大無量寿経 ( だいむりょうじゅきょう ) 』)

「 十方恒沙 ( じっぽうごうじゃ ) の 諸仏如来 ( しょぶつにょらい ) 」とは、
大宇宙のガンジス河の砂の数ほどのたくさんの仏様ということです。
「 皆共 ( みなとも ) に 」ですから、この中に入らない仏様はありません。
大日如来も薬師如来も釈迦如来も、一人残らず口をそろえて、ということです。

「 無量寿仏 ( むりょうじゅぶつ ) 支持線 (しじせん) の意味 」とは阿弥陀如来のこと、
「 威神功徳 ( いじんくどく ) 」とは南無阿弥陀仏の大功徳です。
「 讃嘆 ( さんだん ) 」とは褒め讃えるということですから、
仏様でも想像できない南無阿弥陀仏の不可思議な働きを、
すべての仏が異口同音に褒め讃えておられるのです。

実際、ブッダは南無阿弥陀仏の功徳を一生涯説き続けましたが、
最後に説ききれなかったと言われています。
一生どころか、こう言われているのです。

もし 広説 ( こうせつ ) せば 百千万劫 ( ひゃくせんまんごう ) にも 窮 ( きわ ) め尽すこと能わじ。
(漢文:若広説者 百千万劫 不能窮尽)

(引用:『 大無量寿経 ( だいむりょうじゅきょう ) 』)

南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経の違い

「 南無阿弥陀仏 ( なむあみだぶつ ) 」とよく似た言葉に、
「 南無妙法蓮華経 ( なんみょうほうれんげきょう ) 」があります。

「 南無阿弥陀仏 」と「 南無妙法蓮華経 」はどう違うのでしょうか?

まず、南無妙法蓮華経は、ブッダの説かれたお経にない言葉です。
ブッダは一切経七千余巻というたくさんのお経を説かれたのですが、
南無妙法蓮華経は一回も説かれていない のです。

では誰の言葉かというと、日蓮宗を開いた日蓮です。
日蓮宗では、南無妙法蓮華経にブッダの修行の功徳が備わっていて、
唱えると即身成仏できると教えますが、
ブッダはそのようなことは一言も説かれていません。
日蓮の創作です。

一切経に説かれていないことは仏教といえませんので、
日蓮は、南無妙法蓮華経の根拠として法華経の寿量品の文底に秘沈していると主張します。
これを「 文底秘沈 ( もんていひちん ) 」といいます。
こんなことを言うくらいですから、日蓮自身も
南無妙法蓮華経の根拠はお経のどこにもないことを自覚しています。

それに対して、南無阿弥陀仏は、ブッダが説かれていますから、仏説です。
一例をあげると『 観無量寿経 』にこうあります。

南無阿弥陀仏と称せん。
仏名を称するが故に、念々の中に於て八十億劫の生死の罪を除く。
(漢文:稱南無阿彌陀佛 稱佛名故 於念念中 除八十億劫生死之罪)

(引用:『観無量寿経』)

このように、南無妙法蓮華経はブッダは説かれていませんが、
南無阿弥陀仏はブッダが説かれているという違いがあります。 支持線 (しじせん) の意味 支持線 (しじせん) の意味
これは、南無妙法蓮華経と南無阿弥陀仏の根本的かつ最も大きな違いです。

仏教とは、仏の説かれた教えのことですから、
南無阿弥陀仏は仏教であるのに対して、
南無妙法蓮華経は仏教ではないということが明らかになり、
これによって、仏教上のその他の議論はすべて吹き飛びます。

南無阿弥陀仏をとなえれば救われる?

この 南無阿弥陀仏をとなえることを「念仏」を 称 ( とな ) える といいます。
「 となえる 」が「 称 ( とな ) える 」という漢字が使われるように、
となえるには、たたえるという意味があります。

では、念仏を 称 ( とな ) えれば救われるのでしょうか?

ほとんどの人は、念仏を 称 ( とな ) えれば死んだら極楽に往けると思っていますが、
それは誤解です。

他力の念仏と自力の念仏について

ある人が浄土宗を開かれた法然上人に、
念仏を 称 ( とな ) えれば死んだら極楽に往けるのでしょうか?
とお尋ねした記録が、『 念仏往生要義抄 』に出ています。
「問いていわく、『 称名念仏 ( しょうみょうねんぶつ ) 申す人は、みな往生すべしや 』」
称名念仏とは、念仏を称えることです。
念仏を称えた人は、みんな極楽へ往けるんですか?
とお尋ねしたということです。
すると法然上人は、こう答えられています。

このように、 他力の念仏を 称 ( とな ) えれば救われますが、
自力の念仏ではまったく不可能です。
自力と他力の違いについて詳しくは、下記をご覧ください。
➾自力と他力の違い

単に念仏を 称 ( とな ) えれば救われるわけではないのです。

浄土真宗を開かれた親鸞聖人はどうでしょうか?
主著の『 教行信証 ( きょうぎょうしんしょう ) 』にこう教えられています。

称名憶念 ( しょうみょうおくねん ) すること有れども、 無明 ( むみょう ) なお 存 ( そん ) して 支持線 (しじせん) の意味 所願 ( しょがん ) を満てざる者あり。

(引用:親鸞聖人『 教行信証 ( きょうぎょうしんしょう ) 』)

「 称名憶念 」とは、阿弥陀如来を信じて念仏を 称 支持線 (しじせん) の意味 ( とな ) えることです。
一生懸命念仏を 称 ( とな ) えていても、助からない者がいると教えられています。

ただ声に出して南無阿弥陀仏とばかり 称 ( とな ) うれば、 支持線 (しじせん) の意味
極楽に往生すべきように思いはんべり。
それは大きに覚束なきことなり

(引用:蓮如上人『御文章』)

ただ声に出して南無阿弥陀仏と 称 ( とな ) 支持線 (しじせん) の意味 えさえすれば極楽に往けるように思っていたら
それはとんでもない間違いだ、ということです。
このように、ただ念仏さえ 称 ( とな ) えれば救われるわけではないのです。
ではどうすればいいのでしょうか?

南無阿弥陀仏の力が発揮される時

ではどうすればいいのかというと、
南無阿弥陀仏の名号の働きによって、
私たちの苦しみ迷いの根元を絶ちきられればいいのです。
これを「 信心獲得 ( しんじんぎゃくとく ) 」とか、
「 信心決定 ( しんじんけつじょう ) 」といいます。

信心獲得には時間はかかりません。
名号を頂いた「 一念 ( いちねん ) 」に、信心獲得します。
一念とは、何億分の一秒よりも短い時間のことです。
これを親鸞聖人は、こう教えられています。

一念とは、これ 信楽開発 ( しんぎょうかいほつ ) の 時尅 ( じこく ) の 極促 ( ごくそく ) を 支持線 (しじせん) の意味 顕 ( あらわ ) す。

(引用:親鸞聖人『 教行信証 ( きょうぎょうしんしょう ) 』)

「 信楽開発 」とは、苦しみ迷いの根元が絶ちきられて、絶対の幸福になることで、
「 時剋の極促 支持線 (しじせん) の意味 」とは、これ以上速いということのない速い時間のことです。
ですから「 一念 」とは、絶対の幸福になる何億分の一秒よりも短い時間をいう、
ということです。

一念帰命 ( いちねんきみょう ) の信心を 発 ( おこ ) せば、まことに宿善の 開発 ( かいほつ ) に催されて
仏智より他力の信心を与えたまうが故に、
仏心と凡心と一つになるところをさして信心獲得の行者とはいうなり。

(引用:蓮如上人『御文章』)

まったく阿弥陀如来のお計らいによって一念で他力の信心を頂き、
阿弥陀如来の心と私の心とが一体になったのを、信心獲得した人という、
ということです。
つまり、南無阿弥陀仏と一体になるのです。
これを「 仏凡一体 ( ぶつぼんいったい ) 」といいます。

南無阿弥陀仏の3つの名前

南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と 称 ( とな ) える念仏が、
自力なのか他力なのかは、一念で分かれます。
信心獲得までは、すべて自力の念仏です。
信心獲得した後は、すべて他力の念仏です。
自力の念仏と他力の念仏は、一念で水際立って切り替わります。

他力の念仏は、南無阿弥陀仏を頂いて、変わらない幸せに救われた喜びから
称 ( とな ) えずにおれないお礼の念仏が他力の念仏なのです。

この「 名号 」と「 信心 」と「 念仏 」は、
どれも南無阿弥陀仏ですが、
阿弥陀如来のお手元にある間は「 名号 」といい、
私たちが頂くと、「 信心 」といい、
それが口から表れたのを「 念仏 」といいます。
名前は変わりますが、体は一つです。

ちょうど、娘と結婚すると嫁といわれ、
子供が生まれると母といわれるようなものです。
名前が変わるだけで体は変わりません。

娘のときに出べそなら、
嫁になっても出べそですし、
母になっても出べそです。

ところが、隣にどんな美人で気立てのよい娘がいても、
結婚しなかったら私と関係ありません。
どんなに阿弥陀如来が名号を完成されていても、
頂かなければ幸せにはなれません。

どうすれば南無阿弥陀仏を頂けるの?

どうすれば南無阿弥陀仏を頂けるのかは、
ブッダに聞かなければわかりません。
ブッダは、『 大無量寿経 ( だいむりょうじゅきょう ) 』にこのように説かれています。

支持線 (しじせん) の意味

その名号を聞きて 信心歓喜 ( しんじんかんぎ ) せんこと 乃至一念 ( ないしいちねん ) せん。
(漢文:聞其名号 信心歓喜 乃至一念)

(引用:『 大無量寿経 ( だいむりょうじゅきょう ) 』)

「 名号 」とは南無阿弥陀仏のことですが、
名号を聞いた一念に、信心獲得するということです。

『 無量寿如来会 ( むりょうじゅにょらいえ ) 』にはこのように説かれています。

無量寿如来の名号を聞きて、よく一念の 浄信 ( じょうしん ) をおこして、 歓喜愛楽 ( かんぎあいぎょう ) せん。
(漢文:聞無量寿如來名号 乃至能発一念浄信 歡喜愛楽)

(引用:『 無量寿如来会 ( むりょうじゅにょらいえ ) 』)

仏、弥勒に語りたまわく「 それ彼の仏の名号を聞くことを得て
歓喜踊躍 ( かんぎゆやく ) し、乃至一念すること有らん。
まさに知るべし。この人は大利を得と為す、
すなわちこれ無上の功徳を具足するなり」
(漢文:仏語弥勒 其有得聞彼仏名号 歡喜踊躍 乃至一念 当知此人為得大利 則是具足無上功徳)

(引用:『 大無量寿経 ( だいむりょうじゅきょう ) 』)

ブッダは、弥勒菩薩にこう仰せられた。
「 どんな人も、阿弥陀如来の作られた名号・南無阿弥陀仏の大功徳を聞いた一念に、
絶対の幸福になれる。すなわち無上の功徳と一体になるのである 」
ということです。

このように、名号を「 称 ( 支持線 (しじせん) の意味 とな ) える 」のではなく、
名号を「 聞く 」ことで苦悩の根元を断ち切られ、
本当の幸せになれるのです。

ではその苦悩の根元とは何か、ということは仏教の真髄ですので、
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また、経済界に対しても協力の要請を行っていく予定であります。厚労省としては、こうした居場所作りを行う方々を支援していくため、感染拡大防止に留意しつつ、テレビ電話等のオンラインでの学習支援など、工夫して新しいつながりを作り出す事業に取り組む支援者の事例などを積極的に情報発信していくことも進めているところであります。私の方からは以上であります。

記者: 2月に策定しました相談・受診の目安について、見直しを進められていることかと思います。週内にも早ければ策定されるのではないかという話もありますが、現在の策定の検討状況等、見通しがあれば教えてください。 大臣: 相談・受診の目安は、新型コロナウイルス感染症はこれまでなかった感染症でありますから、そうしたことに感染した疑いがある方がしっかりと受診をしたり相談をしていただきたいということで作成をさせていただいているというものでありますから、その基本的な性格付けが変わるものでありませんが、ただこの間、当時2月の段階は一般の風邪、あるいはインフルエンザ等の蔓延時期でもありましたが、そうした症状を有する疾患がこの時期減少していることであります。
そういった意味で、他の疾患による症状との違いを念頭に置く必要性がなくなってきていること、また、これが「目安」ということが、相談とかあるいは受診の1つの基準のようになっているとのご指摘がありました。我々から見れば誤解であり、これについては幾度となく通知を出させていただきながら、そうではないんだと、相談や受診は弾力的に対応していただきたいと言うことを申し上げてきたわけであります。そうしたことを踏まえて、専門家会議、5月4日に開催されまして、見直し案についてのご議論をいただきました。そこでの議論を踏まえて、現在、医療関係者等の関係者とも調整を進めさせていただいておりますので、早ければ今日中にでも公表させていただきたいと思っております。 記者: 今の受診・相談の目安に絡んで2点お伺いします。内容についてですが、比較的軽い風邪の症状が4日以上続く場合と日数があったと思いますが、そのあたりはどうなるのか、削除するのかどうなのかというのが1点と、あと見直し時期が遅いのではないかという指摘がありますが、これにはどのようにお考えでしょうか。 大臣: いずれにしても中身は今調整していますから、それを見ていただくということだと思います。遅い、早いあるいは元々これを撤廃すべきだ、様々なご議論もいただいてきたところであります。それらを踏まえて専門家会議でご議論いただいて、今見直しを図っている、こういう状況であります。 記者: 雇調金のことでお伺いしたいのですが、1つは昨夜テレビで岸田さんが水準について1万4000円から5000円ということに言及されましたが、これについてどう考えるかということが1点、もう1点は大臣がかねてから仰られている失業保険の給付等との兼ね合いです。これは雇調金を上げたときに失業保険も同時に同じ水準にそろえるということにするのか、それともそうでないのか、ここは失業者の方がより弱い立場にあるのでどう給付のバランスを取るのかということになると思いますが、その辺について考え方を教えて下さい。 大臣: まず本件については5月4日の記者会見で、雇用保険制度や雇用調整助成金の更なる拡充に加えてという話をされて、与党における検討を踏まえて速やかに追加的な対策を講じていきますという総理の発言がありました。それを踏まえて、現在雇用調整助成金の日額引き上げについて、多方面からもご要望いただいておりますので、与党における検討を踏まえて、また経済雇用情勢の推移を見極めながら、追加的な対策を講じるべく、我々の方も議論をさせていただいているということであります。
そういった一環の中でのご発言だと先ほどの政調会長のご発言は考えているところであります。また、失業手当等についても当然その雇用調整助成金の引き上げの議論の中で、その辺も踏まえた議論がなされていくんだろうと思いますので、そうした議論をしっかり我々も受け止めながら、検討させていただきたいと思います。 記者: PCR検査について伺います。陽性率が正確に把握できていないのではないかとの指摘があります。厚労省として集計方法等どのように見直していくのかの方針をお聞かせください。 大臣: これはこれまでも都道府県に対して、陽性の場合には医療機関から数字の届出をいただく訳であります。他方で、検査件数については私どもの方から都道府県に管内における検査件数をまとめて、日々ご報告をいただきたいということは、当初から申し上げておりました。しかし、正直言って、都道府県も色々と忙しい事情もあるんだろうと思いますが、実態としてはなかなかあがってきていない。そういう中で、我々としても地衛研等のすぐに把握出来るデータはそれで把握させていただく。ただ、民間、大学病院、医療機関、これはなかなか把握できませんので、これを今、我々がそれぞれの機関にも聞かせていただきながら、聞く努力をさせていただいているということでありまして、そうした形でつくっている資料でありますので、どうしても即時性、あるいは後から修正されていく、こういった課題を抱えているというのは認識しているところであります。
引き続き、これは大事な資料なんですね、陽性率の議論もありますから。更には、尾身副座長から更に退院時のPCR、これをやはり抜かないと正確な数字はつかめないんじゃないかとご指摘もいただいております。しかし、そこまでいくと更なる作業が必要になってくる訳でありますが、その辺を含めて、更に都道府県とも、実際にどこまでできるのか含めて、よく調整をしていかなければいけないと思っております。 記者: 2点お聞かせください。昨晩、レムデシビルの使用について許可された報告がありましたが、静脈注射により使用するレムデシビルと経口で使用するアビガンとでは、アビガンの方が使用の負担が少ないと思われるんですが、国内メーカーのアビガンの使用がまだしばらく先、今月中ぐらいになるということで、レムデシビルがいち早く承認されたというのは、どういう動きによるものでしょうか。
後、もう一点。受診後のPCR検査、それからコロナウィルス感染症の受診をするにあたっての37.5℃以上の発熱、それから4日ほどの待機ということに関しまして、それを指針として出した厚労省の責任が問われていると思いますけれども、そこをどうお考えでしょうか。お聞かせください。 大臣: まず、それぞれものによっては、観察研究をしたり、臨床研究をされたり、あるいは治験をされて、そして、その安全性や有効性が認められた中で、それぞれの企業が薬事承認を申請され、私どもの方でそれを踏まえて議論をしていく、というプロセスであります。それぞれのスケジュールによって、当然早い遅いはでてくる訳であります。それから、制度として、レムデシビルの場合には、特例承認という仕組みがありますので、これは海外がそうした承認をしているかどうかということが1つの要因になってきております。アビガンの場合には、海外での承認事例がないのに対して、レムデシビルについては、先日FDAがいわゆる緊急承認をされた、そうした違いもその中にはあるということだと思います。いずれにしても、それぞれの流れの中で、申請がなされて、我々としては、1日も早く必要な治療薬がより使いやすい状況を作っていく必要があると思いますので、申請がなされれば、できるだけ手続を短縮できるものは短縮して、判断を早期に出すべく、引き続き努力をしていきたいと思います。また、治療薬の開発とか、あるいは治療薬の利用、こういった形での研究等もしっかり支援をさせていただきたいとに思います。
それから2点目ですが、これは再三再四申し上げているんですが、相談というのは、疑いのある方のことを申し上げているんです。ですから、当初、新型コロナウィルス感染症がどういう状況になるかよくわからない中で、当時、風邪等もありましたから、4日以上熱が続くような場合には、これは必ず行っていただきたい。こういう意味で目安を出させていただいたということであります。これは再三再四申し上げてきました。それがある部分、相談する、受ける側、あるいは診療を受ける側の1つの基準として使われていたというご指摘もありますので、それは違いますと。むしろ、その場合には、しっかりと弾力的にその方々の症状をお聞きしたり、実際の症状を踏まえて対応していただきたいということ。これも何度も通知を出ささせていただいてきている。こういう状況ではあります。 記者: 新型コロナウィル���の影響で休業していても失業したものとみなして雇用保険の失業給付での基本手当を受給できるようにしているという報道がありましたが、事実関係と実現の見通しを教えてください。 大臣: これについては、総理も国会で答弁されていますが、労働者の立場に立って何が必要なのかを検討していきたい、ということを答弁されております。我々もそうしたスタンスに立って、引き続き、雇調金制度、先ほど引き上げの話もありましたが、こうした雇用を守る、あるいは働く方を守る、そういったことをしっかりと引き続き、これまでも色々な措置をとってまいりましたが、更に必要な措置があるんではないか、こういった視点に立って議論を進めていきたいというふうに思っております。

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般若心経とは?意味と由来と歴史と和訳を完全解説!

「是故空中 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法 無眼界 乃至無意識界 支持線 (しじせん) の意味 無無明亦 無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽 無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃 三世諸仏 依般若波羅蜜多故 支持線 (しじせん) の意味 得阿耨多羅三藐三菩提
(ぜこくうちゅう/むしき/むじゅそうぎょうしき/むげんにびぜっしんい/むしきしょうこうみそくほう/むげんかい/ないしむいしきかい/むむみょうやく/むむみょうじん/ないしむろうし/やくむろうしじん/むくしゅうめつどう/むちやくむとく/いむしょとくこ/ぼだいさつたえ/はんにゃはらみった/こ しんむけいげ/むけいげこ/むうくふ/おんりいっさいてんどうむそう/くうぎょうねはん/さんぜしょぶつ/えはんにゃはらみったこ/とくあのくたら/さんみゃくさんぼだい)」

更に "空" の思想についての呼びかけが続きます。真の世界では、目に見えるものやそれによって感じたこと、思ったことは全て存在せず、無知からくる悩みもありません。

第4ブロック

「故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪日 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経
(こちはんにゃはらみった/ぜだいじんしゅ/ぜだいみょうしゅ/ぜむじょうしゅ/ぜむとうどうしゅ/のうじょいっさいく/しんじつふこ/こせつはんにゃはらみったしゅ/そくせつしゅわっ/ぎゃてい/ぎゃてい/はらぎゃてい/はらそうぎゃてい/ぼじそわか/はんにゃしんぎょう)」

"往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ"

【空】の思想とは?

般若心経の「空」の思想を理論化したのは、古代インドの哲学者ナーガルジュナです。

ありとあらゆる物事は、全て「空」なのです。

たしかにそこに「空」は在るのです。

この世の全ての存在は「空」であると理解されるのです。

【真言】の修行法と意味

般若心経の後半でも唱えられる「般若波羅蜜多(はんにゃはらみった)」

この修行は「真言」を繰り返し唱える「念誦法」と呼ばれる方法で行う修行です。

「真言」を繰り返して唱えてそれ自身に集中し瞑想し一体化し、自分が普段体験していることや外界の存在など「現実」を対象にして観察する。

そして実際には存在しないこと、すなわち「空」であることを認識して理解する修行である。

そもそも「真言」とは、「いつわりのない真実の言葉、秘密の言葉」という意味を持つ。

No.7 博多の仙厓(せんがい)さん

博多出身の日本画家として著名な 富田渓仙 (とみたけいせん)の祖父にあたる富田久右衛門は、「素久さん」と博多の人から親しまれていた素麺屋(そうめんや)ですが、できたてのボタ餅を仙厓さんに食べさせようと、粉がいっぱいついた仕事衣を着たまま隠居所の虚白院(きょはくいん)にとどけに行ったところ、仙厓さんは「ちょっと待っときなさい」と、法衣に着替えてきて、うやうやしく頂戴されました。びっくり顔の素久さんに、仙厓さんは、「あんたが商売着を着ていなさるから、わたしも商売着を着て、ありがたく受けないと失礼になる」と答えられたそうです。

仙厓さんの弟子の湛元(たんげん)という人が、よく夜遊びに出かけていたんですね。仙厓さんは、そのことを知っておられたけれど何も言われない。そしてある晩、湛元が乗り越えて出入りしている塀のま下で、座禅をくんで待っておられました。夜おそく帰ってきた湛元はそんなこととは知らず、おまけにまっ暗闇。ちょうどよい踏み台があると、仙厓さんの頭を踏んで飛び降りました。
あくる朝、湛元は仙厓さんの頭に下駄の「二」の字のあとがくっきりついているのに驚きましたが、 知らぬ顔して「頭のきずはどうなさいましたか」とたずねました。仙厓さんは、「昨晩、わしが座禅している頭の上を、盗人(ぬすっと)と猫がウロチョロしよったわい」と言って、一言も叱られなかったので、湛元はそれから心を入れかえ、 聖福寺 (しょうふくじ)一山の風紀が改まったといわれています。

越後の良寛さん博多の仙厓さん

知られてるようで、案外知られてないんですよ。書や絵や俳句をたしなむ人や、 仙厓さん の作品が好きな人は、「こんな偉い坊さんはいない」とぞっこん惚れですが、博多でも仙厓さんを知らない人も多いんじゃないでしょうか。

だいたい 良寛 さん(1758-1831年)と同じ世代ですね。越後(えちご)の良寛さんも、書をよくし、子どもと遊んだり、逸話の多い人ですが、東と西で似たような存在ですね。良寛さんはよく知られているのに、仙厓さんはそれほどでもない、残念ですね。

どちらも偉いお坊さんですが、仙厓さんは、禅僧として本格的な修行をつまれていますから、修行や学識の面では、仙厓さんの方が上だったでしょう。ただ、ゆきつくところは同じで、どちらも市井(しせい)の人たちに親しまれ、自分の絵や書、歌で、また、それ以上にご本人の生き方で周囲を教化された、立派なお坊さんですね。良寛さんは、 相馬御風 (そうまぎょふう)さんが昭和初期に紹介したりしてよく知られてきましたが、仙厓さんも、これから敬慕する人が増えてくると思いますよ。越後の良寛さん、博多の仙厓さん、いい対照ですね。

感心されたいたずらがき

三宅酒壷洞氏

確か一刀彫の 円空 (えんくう)も美濃生まれでしたね。

そうです。明治の初め頃までは、百姓の子で、それも長男以外に生まれると、美濃の山国では禅宗の僧になる以外に、出世の道はなかったんですね。だから、仙厓さんも11歳のときに、美濃の 清泰寺 (せいたいじ)の 空印 (くういん) 和尚 のもとで出家し、19歳のときに今の横浜保土ヶ谷(ほどがや)にあった 支持線 (しじせん) の意味 東輝庵 (とうきあん)の、 月船 (げつせん) 和尚 について修行されていますが、この修行が、のちの仙厓さんの形成に大きな影響を与えているようです。

月船和尚は非常に厳しくて、仙厓さんは「毒月船」と書いているほどですが、たいへん立派な人で、名誉や世俗のことは一顧もせず、横浜保土ヶ谷の東輝庵にこもってひたすら修行の一生を終わっておられ、この方の教育を受けたことが、仙厓さんにたいへん影響しているようですね。
この頃すでに仙厓さんに絵心があったことを示すおもしろい逸話が残っています。ある日、仙厓さんは庭掃除を命じられ、ほうきではいていたんですが、そのうち砂の上に、月船和尚が大口をあけて雲水を叱りとばしている絵を描かれた。すると、月船和尚が「おまえ、ちょっと谷から水をくんでこい」と命ぜられたので、仙厓さんは落書きを消す間がなく谷に水をくみに行かれた。その落書きを月船和尚が見て、「臨済一喝(りんざいいっかつ)」(臨済禅師が叱りつける)の絵と勝手に解釈して、非常に感心するわけです(自分の特徴をとてもよくとらえているので感心したという説もあります)。そして、仙厓さんを部屋に呼んで「今度は紙に描け」と命じられ、仙厓さんも仕方なく描いたというんです(笑)。
東輝庵時代に「上東輝老師(トウキロウシニタテマツル)と題する仙厓さんの次のような偈(げ)(詩)があります。「釈迦入滅二千歳(しゃかにゅうめつにせんさい)、弥勒下生億万年(みろくげしょうおくまんねん)、今日(こんにち)端(はし)なく相見(しょうけん)しおわる、従来鼻孔唇辺(じゅうらいびこうしんぺん)に搭(か)かる」 支持線 (しじせん) の意味
お釈迦様が死んで2千年、弥勒菩薩(みろくぼさつ)は、お釈迦様が死んで56億7千万年ののちに、お釈迦様に生まれかわってこの世に出てくる。ところが、今日、自分は、はしなくもそれを見ることができた。昔から人間の鼻孔は口唇の上にあるじゃないか。
この偈で、仙厓さんは師の月船和尚から印可(いんか)(師が弟子の悟徹を認証すること)を得られたのです。

30歳前後のものでしょう。仙厓さんの偉さは、この頃できたんじゃないかと思いますね。
仙厓さんが32歳のときに、月船和尚が亡くなられたので、東輝庵を出て全国を行脚(あんぎゃ)してまわられ、そしてはじめて出家されたお寺である美濃の清泰寺に帰られるわけです。ちょうどその時清泰寺は和尚が亡くなっていて、誰を後任の和尚にするかという問題が起こっており、それでは仙厓さんをという話がもちあがったのです。ところが、河村甚右衛門という飛騨代官の家来が、「仙厓は百姓の子ではないか。武士のわれ等が仙厓を和尚にして頭を下げるわけにはいかん」と猛反対したので、仙厓さんは再び東輝庵に戻られました。
これも話として残ってるんですが、仙厓さんが美濃に戻って大垣のある寺に住まわれた。ところが、大垣藩の財政が非常に乱れて、庶民が苦しんでおり、財政主任の家老がたびたび替わるので、「よかろうと思う家老が悪かろう、もとの家老がやはりよかろう」と、門前に貼紙をされた。藩では「生意気なやつだ。追放しろ」ということになった。禅宗坊主はからかさ1本で追い出されますからね。そこで、「からかさを広げてみれば天が下、たとえ降るともみのは頼まじ」という1首を残して大垣を離れられた、というんです。

日本最初の禅寺の住職がほこり

横浜で 拙誠 などの兄弟子たちについて更に修行を積み、それから京都に出て、京都から聖福寺に来られるわけです。一説では、「九州の景色がいいから来んか」と言われ、「そんなら行ってみようか」ということで、聖福寺に来られたようになっていますが、由緒あるお寺の住職になることは、そんなに簡単なものではないんです。私たちがお嫁さんをもらうように、仲立人を通じて成立するのです。本山妙心寺塔頭(たっちゅう)(祖師の墓があるところ)、雲祥院、大珠院の推薦で、当時の聖福寺の和尚であった 盤谷 (ばんこく) 支持線 (しじせん) の意味 和尚 が、自分の弟子に仙厓さんをほしいと、仙厓さんの受業の師空印和尚の許しを得、仙厓さんも承諾されて、39歳の春に博多に来られたのです。

普門円通禅師 と申しますが、これは亡くなられてからの追贈です。生前に3回、禅僧として最高の位に与えられる紫衣(しえ)(紫のころも)を受けるように勧められているのですが、「そんなものはいらん」と黒衣の座元(ぞけん)のまま亡くなられています。紫衣の禅師号などは問題にしていないわけですね。そんなものよりも、日本で初めてできた禅宗寺院の聖福寺の和尚であることが、本山である妙心寺の和尚であるよりも名誉だ、という誇りがあったようです。それで、仙厓さんの絵を見ると、「 扶桑最初禅窟仙厓 」と書いたものが沢山あります。扶桑というのは日本のことで、日本で最初の禅寺の住職、仙厓ということを誇りにしておられるのですね。

タダで書いてやった仙厓さんの絵

西島伊三雄先生 小山 泰

しいてルーツというと狩野派でしょうが、円山四条派(まるやましじょうは)の影響もある秋月藩のお抱え絵師 斉藤秋圃 (さいとうしゅうほ)とは、親交があり、絵を学んだと言われています。いわゆる仙厓らしい絵を描くようになったのは、62歳で虚白院に退休されてからで、これから以後を仙厓流と言えるでしょうね。私は、仙厓さんが65歳のときに描かれた「宮崎八幡宮玉せせり図」を持っていますが、これは仙厓流に少しくだけてきていますよ。

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